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サッデン・ストライキ 2  


O氏から電話があった。彼とは僕がドイツの高校4年生だった頃からの知り合だ。高校4
年というとまるで落第したかのようだが、ドイツの大学までの教育年数は13年なの
だ。彼は日本で高校を中退後ケルンの音楽大学でトランペットを勉強していて、時々会っ
ていたが、僕はここ一回も彼がトランペットを吹いている姿を今まで拝見した事がない。
髪は腰まで伸ばし、皮のブーツに軍隊が着ている超重たく長い裏地に絨毯のような布を
使った革ジャンをきていた。部屋に入るとジャズかラグタイムが鳴っており必ずウイス
キーを飲んでいた。それでも彼の専攻はクラシックだった。そんな学生だったのだ。ま
あ、彼の練習と言えば僕が実際に見たのはウイスキーを片手にマウスピースだけでピーと
いう音を出している所だ。大学一年にしては渋すぎていたかもしれない。

そんな彼を僕は日本の大学に行ってから忘れていた。が、しかし、人生、不吉な交友はそ
う簡単には絶たれない。ケルン音大に通うピアニストや作曲家などと卒業旅行でスキーに
行った時に彼の噂が巻き起こった。当然Oはスキー等という健全な行為には全く興味を示
すはずもなかった。どうやら、時々大学で見かけるらしい。Kという作曲を学んでいる学
生もなかなか際物であったが、その彼に心配されているO氏の存在はいったいなんだった
のだろう。Kという男はドイツに来て最初泊まる所がなく野宿したというかなりの経歴の
持ち主であったが、まあ、彼の話は次回という事にしよう。

久々にドイツに戻るとフランクフルトの音楽メッセでO氏はなんと自分の店を出している
という話を聞いた。どこからか、僕がフランクフルト近辺にいる事を彼は嗅ぎ付けて、家
に奥さんと遊びに来てくれた。彼はトランペットの輸出入の会社を経営していた。長髪は
切って、ちゃんと社会人の顔をしていた。以外だった。そしてまた年月がたった。

今度は僕が演劇をしている事をデュッセルドルフ日本人学校の木野校長から聞きつけたら
しい。電話を取るとぼそぼそとしたいつもの声で話している。何、今は殆どスタジオに
浸ってフュージョンバンドの音楽の編集を行っているらしい。彼は言った。で、それが
いったい僕の演劇とどういう関係にあるのだろう。いや、そこのスタジオが実はコン
ピューターゲームの音声の録音もしていて、今度サッデン・ストライキ2というコン
ピューターゲームに第二次世界大戦の日本軍が出てくるらしい。そこで日本語の命令とド
イツ語の日本語訛りな解説が必要らしい。で、やる気はないかと。スタジオのマーティン
に直接話し、面白そうなので僕はデュッセルドルフに向かった。小さなスタジオのオフィ
スにはゲームのソフトが並んでいた。長髪な兄ちゃん二人に二ールというゲーム会社のプ
ロデューサーが一人うろうろしていた。我々はコーヒーを飲みながら駄弁った。他にする
事もない。が、なんだろう。この雰囲気。話題はリズムマットからアメリカで買い損ねた
猛烈に高かったアタリのTシャツ、スペースインベーダー、二ールの会社に新規設定した
他社ゲーム解析コーナーの話、音楽プログラミング、ミキシングと一周した頃に要約ミッ
ヒャエラが来た。彼女はサッデン・ストライキの担当者だ。

スタジオ入りした。なんと監督が3人もいる。ミッヒャエラ、マーティンにO氏だ。日本
語の命令をチェックするのがO氏の役目。彼は厳しかった。伊達に音大に7年も行っては
いなかったのかもしれない。しかし、僕は未だに彼のマウスピースから出たピーという音
以外聞いたためしがない。4時間近く立て続けに録音は行われた。彼らはスタジオの窓の
外で涼しそうな表情でコーヒーを飲みながらああだ、こうだとやっている。こっちは一人
でガラスのかごに閉じ込められた鳥である。そして窓越しから来る彼らの希望通りの色、
形をした卵を、冷汗をかきつつ産むのに専念した。まあ、しかし、それでも皆結果にはま
ずまずの表情を示していた。

録音が終了すると、頭の中は真っ白状態だった。町をぶらぶらしてから、K先生の家に向
かう。この先生、昔フランクフルトの日本人学校でも校長をしていて、先生の事を言うの
もなんだが、中々の曲者である。が、どうやら一ヶ月前に骨を転んで折ってやや卑屈に
なっているらしい。という期待は会った瞬間あっさりと残念ながら否定されてしまった
が。この人物についても次回詳しく説明させていただこう。とにかくその晩はお世話に
なって、ご馳走を頂いて昔話で盛り上がった。

翌日に僕はO氏と昼食をした。彼は中々しつこく、今度はどういう発生練習をしたら良い
と解いた。実は結構仕事となると細かい男だった。知らなかった。彼のバンドは日本人だ
けで結成されている。フュージョンが主で駐在員も多いいらしい。合計10人。その中に
はメーカーの部長や商社マンもいるらしくどうやら彼らは他の駐在員メンバーと面談して
いるという事にして合わせに参加しているらしい。なかなか賢いというか、そこまでやる
かと言うか、おい駐在している身ではないかと言われないのか、サラリーマンも捨てたも
んではないと関心してしまった。O氏は彼らのミキシングも担当していた。だから音や発
生には口うるさいのだ。だから僕にどうしたらいいかと解き続けた。実はそのO氏、ドイ
ツのプロのミュジシャンとのバンド活動も時折しているらしい。相変わらずどうも掴み所
のない男だった。が、私は見た。彼のジッポのライターにはなんとマウスピースが付着し
ているではないか。「これ、ちゃんと鳴るんだぜ」と嬉しそうに彼は言った。どこでも密
かに練習ができる、彼は実は勤勉な絵にかいたような日本人であったのであろうか。その
ライターはドイツの仲良しのトランペット工房の人が作ってくれたらしい。そのおかげ
で、仕事でロスのあるトランペットの工場にいった時、そこの工員達とあっと言う間にダ
チになったそうだ。ロスと言えば喫煙者は犯罪人のように扱われるが、さすが、トラン
ペットを作る工員は皆タバコを吸うんだそうだ。昼は工員、夜はクラブでセッションとウ
イスキーといったハードボイルドの世界だ。半熟は通じない。まさしく、ジッポにマウス
ピースの世界だったのだ。

Sudden Strike 2

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