ドイツ映画、アメリカ映画で活動中の役者。P.Bogdanovich監督の作品等

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ニューヨーク48階 


雑踏、車、高層ビルといった大都市ニューヨーク。高層ビルの一室。その中の静けさ、孤
独感は人を幻想の世界に落としいる。そういった現代社会の象徴を音と詩の世界で表現し
たのが「ニューヨーク48階」である。

僕は声優として当時事務所に登録していなかったので少々驚いたが、脚本家と直接電話で
話しているうちにだんだんやる気が出てきた。声優に初トライという事である。彼が書い
た詩を各国の言葉に翻訳し、録音するという計画。後ラジオ局で放送されるという。翻訳
には時間が掛かった。最後に知り合いのデュッセルドルフ日本人学校の校長先生(僕が中
学時代になんとフランクフルト日本人学校の校長だった。木野先生。)にチェックして
貰った。いつどこで間違って日本で放送されても大丈夫なように。当時ベルリンの大学の
寮に住んでいたので、日本人の学生に詩を朗読し、発音を見てもらった。別に自分の発音
が変な事はないと思ったが、日本語で詩を朗読し、それが放送されるとなると、やはり練
習は欠かせない。音大の学生だったので音には詳しいかと。

さて、当日Sender Freies Berlinベルリン自由放送局へ出向いた。朝10時から録音とい
う計画だ。先日何回か丁寧に詩の朗読をし、準備万端のつもりだった。脚本家のハイ
ナー・グレンツランドと握手をする。彼自身がこのプロジェクトの監督でもある。録音エ
ンジニアと挨拶する。ぼくは無音室に導かれた。マイクスタンドが最初に目に入る。鉛筆
と紙もあり、それらは詩を朗読している間にまるで詩を同時に書いているような音を出す
ためだという。おや、おや、そんな器用な事できるのかなあ。マイクを自分の前に設定
し、「グーテンモルゲン、ハロー、カフェービッテ」等と言って音のチェックをする。そ
して監督からのお願いがきた。詩を赤ん坊を眠りに導くような感じで朗読してくれと。れ
れれ?である。静かに、赤ん坊を目の前に連想して、詩を朗読する。最後まで読むと、今
度は声を全く発生させないで口元だけで囁くように言われた。

何回か録音しているうちにハイナーは次に進んだ。今度は同じ詩をまるでスポーツ中継の
ように朗読せよと言う。これは難題だった。数回試すが、彼の気に入るように出来ない。
どこかで緊張感が抜けてしまうらしい。そこで連想したのが、ボストンでみたニューヨー
ク・ヤンキーズ対レッドソックス戦、モパンがさよならホームランをぶっ放し、フェン
ウェル球場が沸きに沸いた瞬間だ。ホットドッグは地面に放り出され、興奮の渦に飲み込
まれるあの瞬間。「たちはだかる、騒音の滝ぃぃいいいい」てな具合で。まるでレッド
ソックスの永遠の祟りが解けた如く。そして次のバッターが立つ。増す緊張感、声には力
が籠もる、そして爆発する。「最高、最高だよ。」エンジニアも笑っていた。「いやあ、
目の前にレッドソックスとヤンキーズが見えたんですよ。」と言うと、ニューヨークに住
んでいた事があるハイナーは聞いた。「どっちが勝ったんだ。」「もちろんレッドソック
スですよ。」「そうか、だからか。」と言って笑った。

録音は詩の「朗読」という世界を遥か超えていたが、これがまた最終作品は一段と変わっ
ていた。音と詩の行き来する世界で、ニューヨークの壮大なる騒音と孤独感の相互関係を
表した作品になっている。日本語、フランス語、英語の詩が断片的に出没し、音の世界を
炸裂する。騒音に近い音楽から囁きが現れる。ニューヨーク、世界の大都市の中に住む人
間の悲鳴と希望、過去への幻想が渦を巻いている。中々、このような作品に参加できる機
会はないだろう。ハイナーは現代音楽のCDも出しているマルチタレント。しかし、必ず
彼の人生感みたいな物が作品からにじみ出ている。

この録音はちょうど試験週間の真ん中にあたる時期だったが、参加にOKした。確か、
ファイナンスの試験の前の日でヨーロッパビジネス環境の試験を終えたところだった。冷
や汗物だったが、面白いプロジェクトだった。





New York 48th Floor

一部屋 - 
何もない。

静寂 -
ゆっくりと浸透する
私の中
胎動。
観察する。
閉ざされた
カプセルの中
深海の底。

沈黙
静寂する時空, -
増殖する
内なる響
今,今の思い。

静寂!
孤独感が、-
日常に
漂う
騒音の舞台に
窒息する。

動き -
沈黙のおり
ギシギシ糸のきしむ音
無の中の響。

ギワギワとした音を見よ!
突然無空の口腔
とどろくザワザワした絵が浮かぶ
耳を傾け!
そびえ立つ円柱に型どった騒音の合唱
世界が産声をあげる
嵐のような孤独感の中に

思いがゆらぐ
たたそれだけ -

部屋の中で。


作:ハイナー・グレンツランド 訳:岩本ユウキ



Epilog (Monolog, Mann)

『世界は、私を、囲み、私の中を貫く。しかし、私は、人生に対し奇妙な距離にある。それは他人の、まるで私が、参加していないような、- そう無意味な、構造、ちょうど雨が、ガラス窓に描く糸状の網のように。-
時々、何かが、切り裂けて出るように、- と言うか、頭上から入ってくる、何か。私を全く...異なる世界へ...、しかし、- 私は、すぐに私自信のもやに沈み包む、そして柔らかい壁を通じて私を感じる、無の彼方、遠く下方にある黙した騒音、細かく消えた埃が、道路の谷間に降り注ぐように。
たった一つの質問が私の唇に焼き付いていた:何が...何がいったい私を殺せるのであろうか...人生のために?』


作:ハイナー・グレンツランド 訳:岩本ユウキ