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演劇コースの進め  

ロンドンに着いて大学のいざこざを済ませた後、早速図書館に行き、インターネットでロンド
ン市内の演劇コースをチェックした。モデルエージェンシー等が営んでいる所は高い。授
業6回で200ポンドぐらいは平気でする。その上時間帯が大学の講義とうまく合わな
い。数日後大学の近くに社会文化センターを見つけた。初心者ようの演劇コースがあり、
そこの先生に良いクラスがないかと聞くと、是非シティー・リテラリー・インスティ
テュートに行くと良いと進められた。

名前は豪華な上に、都心。やや北よりか。細い道路を歩いていく。古くて黒くくすんだ建物が
あった。英語を勉強にきている雰囲気の日本人らしき女の子がいた。ここも社会文化セン
ターなんだと思った。中に入り、いきなり地下の便所に向かった。すると、バレーの練習
部屋や、汚いスタジオみたいな部屋が並んでいるではないか。少しずつ、心臓の鼓動も高
ぶる。3階へ申し込みに行くと、まず面接が必要だと言われた。支持された部屋に向かう
と運良くマイク先生はいた。彼に今までの経験を述べた。すると「ああ、問題ないよ。」
と紙に快くサインしてくれた。それを持ってまた申し込みに行った。まだ2ヶ月先の4月
からの授業だが、それでも嬉しい。

演劇のクラスでもっとも面白いのは、参加者を見学することだ。普段触れ合いのない人とその
正体に出会えるような気がする。というのは演劇とは、どこか自分の服を脱ぎ捨てても
堂々と皆の前で構えているような状態である。それをどう乗り越えるかである。いかにも
引っ込み思案そうなタイプで普段は真面目に会社勤めしているような人が急に舞台で暴力
的なシーンを演じたり、空の上を常時舞っているような人が厳しい役をこなしたりする。
また演劇大学を卒業したが、今は会社員を勤めているという女性、実際に脚本家として自
立している人まで参加者はだいたいどこの演劇クラスに行っても様々だった。どこのと
言っても2部、夜に行われるクラスである。演劇大学ではなく、皆仕事の後密かに通って
いる演劇学校の事だ。中でも群を貫いていたのが東洋の謎のおばさん。どうも指示を全く
理解しなかった。悲しいシーンをとにかく悲しそうに演じるが、力が入っちゃって入っ
ちゃて、カメラコースだから(カメラは顕微鏡みたいな物で、シアターでは見えない眉毛
の細かな動きまで捉える)微妙なところを演出してもらおうとしても、全く大げさに手腕
を振りまくって頭を激しく動かしている。もっと年配な定年を迎えた人もいたが、彼らは
台詞の暗記に問題があった。このように参加者の年齢から経験までまちまちだったため
か、クラスの参加者は皆リラックス、いつも笑い声が飛び交っていた。あまりにも酷いと
まあ陰口をたたく者もあったが、マイクは発表した個人個人に鋭いアドバイスをし、的確
にそのシーンは良くなって行った。まあ、向こうも変わった日本人だなと僕の事を見つめ
ていたのだろう。

アップのシーン。カメラコース2回目の僕としては、あまりアップの経験はなかった。視線の
微妙な動き、前方真ん中から上の左の点へ物思いに耽った視線を流す。ビデオでチェック
する。「アップだから本当にちょっとした表情の変化でも顔面上に地震が起きたように映
るから、押さえ気味に。その辺がポイントなんだよ。センシティブにね。では、もう一
回。」やれやれ。ではまた挑戦。「もの思いと言ったはずだよ、トリップじゃなくて。そ
の視線大丈夫?」とマイク、クラスはどっと笑う。ビデオで確かめると確かにトリップし
てるようにしか見えない。それではと、ちょうど気になっていた経済の宿題について考え
る。「いいねえ。でも、もっとこう失恋系でいけないかなあ。」とマイク。ふむふむ。心
を準備しながら指示された視線の動き、その後の首の動き、手の動きを再チェック。「そ
うそう、だいたい把握したみたいだね。じゃあ、もう一回撮ろう。」カメラが回る。結果
はまあ、見れなくはなかった。席に付くと隣の演劇大学を卒業したというカーラが「良
かったわよ。」と励ましてくれた。そう皆親切だったのだ。

このクラスの特徴はとにかくクラスが終わると必ず飲みに行く事。ボストンのクラスではそん
な事はなかった。皆さっさと家に帰宅することが多かったが、イギリス人となるとやはり
パブは付き物だ。行き着けのパブがあり、そこで皆一杯やる。一杯が2杯になり、3杯に
なる。原因としては中心核となる4人組みのイギリス人がいて、彼らは昔から、演劇仲間
でここで授業を受けているという。参加者のジャマイカ系のおばさんは息子の白人の彼女
について愚痴る、「私が息子の見舞いに病院に行ったら、またあの小娘が現れて、私これ
もう済ませておきましたからなんて、ぬかしおるのよ。あの偽ブロンドが。」と天然パー
マの頭を揺さぶりながらビールを飲み干す。まあ、演劇とは関係ない会話が多いい。バス
会社で探偵をしているポールは2階建てバスで夜強盗が増加中だと語った。2階には監視
がいないので、一人で乗っていると襲われるという。先週は何人も現場で抑えたらしい
が、現場で抑えるのは中々困難だと語った。ナイフも証拠として取り上げるらしい。今後
バスにカメラをインストールする事も考えているという。

11時前に解散。理由はパブが閉まってしまうからだ。11時に閉店という規則は凄い。偉い
というべきなのか。でもイギリス人が自分達の正体を承知の上での規則にも思える。ボス
トンで知り合いにイギリス人がいたが、彼は時間制限のないアメリカで飲むとヘベレケレ
になるまで飲んでから車に乗って帰っていた。警察に一回止められたが、イギリス英語で
「サー、免許書ですか、サー、ちょと待ってください。」と警察を皇室のように扱った
ら、見逃してくれたという。

カメラの前での転び方などベーシックな訓練を経てから後半は皆でチェコフ集を録画する事に
した。それぞれ気に入った3分程度のシーンを探し、録画、最終的にチェコフの世界と題
して編集するという。ばらばらのシーンの集合だが、マイク先生によると、必ず面白い作
品が出きるという。プロの監督が言う事だから確かなのだろう。マイクは役者兼監督、子
供の育成休暇を取っていてこのようなクラスで小遣いを稼いでいた。来期から再び、監督
としてシアターに就任するという。我々としては彼のような先生が付いてくれて運が良
かった。作品の選定では、やはりカモメに人気は集中したが、僕が選んだのはプラトノフ
のシーン。コメディーはボストンでいやという程やったので、やはりこのシェークスピア
の故郷では劇的な物に挑戦したかったのでチェコフは最適だった。自分の家族を捨て、恋
を追おうと悩み苦しむシーン。でもキャラクターが優柔不断なのでコミカルなモーメント
にも余裕があるというところ。残念ながら、一回発表しただけで終わってしまった。とい
うのは、その後ドイツで撮影の仕事、大学の試験、再び撮影という状態になり、彼らとの
打ち上げにも残念ながら参加できなかった。

えっ?クラスに美男、美女がいたかって?そうねえ。だいたいこういうクラスにはあまり期待
はしないほうがいい。それでも必ず一人ぐらいはいる。スペインとイギリスのハーフで
ウェイトレス兼モデル。細い腕と指に細めの目と黒髪が特徴。感じの良い子でパブの飲み
会にも時々参加していたが、かなり気まぐれ。この演劇コースに参加する事を経営工学を
学んでいた人達に話したら、トルコ人とドイツ人のハーフのクラスメートが同行すると
いった。彼は卒業後ロンドン支社でドイツ経済ニュースのアナウンサーを担当していた。
この経験が生きたのかもしれない。今は旅行会社のPRを担当してよく人前で話しをしてい
るので役に立ったといえよう。大学で演劇を専攻していたというカーラ、バスの探偵ポ
ル、息子の彼女を愚痴るジャマイカン叔母さん。20人近い参加者と毎週のカメラコース
は経営コースから脱出できる、楽しい一瞬でした。